スタッフ日記
  スタッフ日記

横山家の片隅に
2007年8月10日   文 : 砂田麻美
写真 : 飯塚美穂

今日は少し家を出るのが遅くなってしまい、身分不相応にも
駅からタクシーに乗って撮影所に乗り付けたのだが、
ゲートに到着すると、東宝スタジオの管理スタッフ達が正面に
20人近く勢揃いしているのが目に入った。
今日から東宝スタジオのゲートが新しくなったので、
初日の混乱を避けるためスタッフ総勢で出迎えているらしい。
タクシーの運転手さんに「ゲート手前で!手前でおろして下さい!」と叫んでみたのだが
軽く無視され、結局ゲートのまっ正面まで車をつけられてしまった。
20人ぐらいの黒いユニフォームに身を包んだ管理スタッフ一同が
巨大なゴジラの傍らでタクシーから降りる私を固唾を飲んで見つめている。
そしてタクシーから降りた私に、一同礼。
私も、ぎこちなく礼。
遠くから「雅子様!」って聞こえて来そうな勢いだった。

本日は、横山家セットでの撮影。
セッティングを待つ間、ふと和室にかかったカレンダーに目にとまった。
水彩絵の具で書かれた花の絵に、一編の詩。
その絵と文字になんとなく記憶が蘇る。
しばらく考えている内に、それは星野富弘さんという作家の作品であると思い出した。
星野さんは、かつて体育教師として勤務していた時事故で肩から下の機能が麻痺し、
その後口に筆を加えて絵と詩を書きながら作品を創り続けている詩人、
そして画家である。

星野さんの作品をはじめてみたのは、小学校3年生の授業中。国語の先生の紹介だった。
「人生って素晴らしい!ラブ&ピース!」
的な白々しい小学生向けセンテンスに心底白けまくっていた当時の私にとって、
詩集を通じた星野さんとの出会いは鮮烈だった。
小さな皮肉を帯びた彼の詩はリアリティーを持ち、
そこに添えられた繊細な水彩画は作り手の押しつけからは遠い所にある
「他者の為の表現」であるように感じた。

私が是枝監督とその作品を信じている所以も、
恐らく監督の表現が自分や他者に媚びていないからだと思う。
直属の上司を褒め過ぎでしょうか?
「砂田は本当に、ひとつも褒めないんだよ」という監督だけれど、
実は全然そんな事ないのだ。
世界中から褒められている監督だから、私なんかから
褒められなくてもいいだろうと思っていただけのことで。
けれど監督というのは実はキャスト・スタッフという身近な存在から子供のように褒められてこそ、
その孤独な作業から類い稀な作品を生み出せるのかもしれない・・・などと、
僭越ながら考えたりもする。

ところでこのカレンダーは、映画の設定上横山家の誰が買って来たものなんだろう?
もしくは誰かからの貰い物?
その答えが知りたくて、美術スタッフに尋ねてみようとしたが、
何となく・・・やめておいた。


 

© 1999-2008 KORE-EDA.com All rights reserved.