女性2 : 父親らしき人が家族の写真を燃やしているシーンが非常に暴力的でめまいがした。それを見ていた敦が最後に花を持って、桟橋を燃やして「父さん」ということの心理的な葛藤について聞きたいのですが。

是枝 : 核心を突いている質問ですね。写真を燃やすというアイディアは・・・どの辺から出てきたアイディアだったかな・・。シーンのアイディアはそんなに早い段階からあったわけではないんですが。僕が考えたのは、ある意味トラウマ的な経験をした人間があの旅を通して映画の最後に一言だけ肉声にたどり着く、それまである虚構の人間関係を演じて生き続けてきた人間が最後に一言肉声を発するまでのロード・ムービーというつもりで作ってたんですね。そこに至るまでの、おそらくひとつひとつ虚構が剥れていくプロセスとして、自分の中にある父親の記憶と自分の行為というのが映画の最後に初めてクロスするという、そういう考えがありまして。父親が燃やすのと同じように敦も最後に燃やすと。そういうクロスの仕方を自分の中ではしてるんですけどね。だから彼にとってはあれが出発点なのかなという。僕の中ではそういうつもりでいます。

女性2 : 火を燃やすということ、水の音。そのつながりで再生ということを意味しているんですか?

是枝 : かなりいろんな意味での火と − それは象徴的な意味だけではなくて日常的な意味でも − 火とか水というものを結構あちこちに描いていて・・・。そうですね、彼がある出発点にたどり着くという風に自分ではとらえてます。



女性3 : 主人公と自分を照らし合わせてみるととてもリアルだったんですが、なぜ加害者遺族を主人公にしたんですか?

是枝 : ちょっと聞いただけでは自分とは関係のない人かなと思ってしまうような、なかなか感情移入しにくい人々をあえて主人公にしつつ、その人たちが特別なのではない − その人たちが抱えているいろんな痛みだとか後悔とかいうものは、もしかしたら自分たちが追い込んでしまったのが原因かもしれないという加害者意識みたいなものがあるのではないか、と。一般の人達はふだん目を背けているから気がつかないかもしれないけど、その人たちの中にもある種の加害者性があるに違いない、と。加害者遺族というのを触媒として、事件とは関係ないと思っている人たちの中の加害者性を描きたいと思ったんですね。だからその部分がリアルに伝われば、自分とは全然関係ない人たちの話とは受け止められないだろうというところがありまして、こういう映画になってます。だからそこにあるリアルなものを受け取ってもらえたのはすごく嬉しいです。ありがとうございます。



女性3 : 神様について話すシーンが印象的でしたが、私は神様は天にはなく生きている人すべてに存在すると思うんです。おふたりはどう思いますか?

是枝 : あそこの神様の話はね、もともとシーン自体なかったんです。撮影の前の日に伊勢谷君が僕のところに来て、台本に手書きで色々書き込んできて。じつはすごく真面目なんですよ伊勢谷君は、ああ見えて(笑)。「僕は敦と明日、神様についての話をしてみたい」と。「僕は自分の考えをしゃべりたい」と言ってくれまして。じゃやってみましょうかと。ただ、みんなの前じゃきっとそんな話はしないだろうから、2人になる状況を作るから、自分の考えを話して、と。その時に伊勢谷君が話してみたいと言っているのは勝役としてなのか、伊勢谷友介としてなのか、そこはちょっとわからないんですけど、彼は自分の考えを話してます。ARATA君が話しているのはARATA君の考えも入っているんですけど、僕自身の考えも入っています。それをうまく絡めながら彼は話してくれてるんですけど。ARATA君の考えに僕は近いかな。僕は神様を信じてないんですけど・・・というか信仰がない、信仰を持たないようにしてるんです、いろんな物に対してね。持たない人がこちら側でどうやって生きていくことができるのかを考えようと思って作っている映画でもあるんですね。でも外国に行くと無神論者って言われるんですよ。無神論者ってほど強いものではないんですよ。説明は難しいんですけど、自分では今そういう風に考えています。

寺島 : この映画に出る前からも、30過ぎてから特に、いいところだけとろうかなという感じで。本当にマスターベーションていうか、自己満足の世界で神様はいるんだと。いい時だけ。悪い時は「なんだーっ」て感じで。どっちかと言うと目の前に見えるものしか信じないというか。見えないものを信じないようにしているというか。見えないものは変に想像しちゃうと変な方に行っちゃうんで、自分自身が保てないと嫌なんで。だから見えるものしか信じないようにしてる。自分を信じていこうかなと思ってます。


女性4 : 監督のパーソナルな部分と、俳優のパーソナナルな部分が出ていてよかった。配役がいいなと思ったんですがどの時点から配役を考えていましたか?

是枝 : ほぼ当て書きですね。

女性4 : 俳優を見てこのメンバーならこれができるだろうと思ったんですか?

是枝 : キャスティングはすごく難しいですけど、非常に重要な作業です。今回の話で言うと、ある程度のおおまかな物語の流れと登場人物が見えていて、僕と同世代のキャラクターは寺島さんでって最初に決めてました。寺島さんがこのキャラクターだったらこういうシュチュエーションでこう動くんじゃないかというような。今から考えると最初に渡したプロットって完成した映画と全然違うんですよ。寺島さんから返ってきたものを受けとめた上でどんどんプロットを直しました。話し合いをして、ひとつのシーンが生まれたり消えてったりってことの繰り返しを3〜4ヶ月やって、撮影スタートという状況でした。いわゆる当て書きに近い状況で作ってますね、特にメインの5人に関しては。きよか役は夏川さんに決まるまでは、旅行代理店のOLだったんですけど、夏川さんに会ってこれは塾の先生にしようと。まぁ教育っていうのがこちらの世界の矛盾が見えやすい場所なんで、先生に変えちゃおうと夏川さんに会ってから決めて、だから夏川さんとしては最初に渡されたのはOLのプロットだったんだけど、次に渡されたプロットが教師になってて。その辺は柔軟に受け止めてくれたからよかったですね。


男性3 : 最後の方の敦の家のシーン。百合の花があった玄関から誰が出て行った人は?

是枝 : あれはお父さんなんです。回想というか、時勢を崩したりして心象風景風にして、父親のシーンは最初は誰の回想だかわからないような入れ方をしています。結構わかりにくいところが随所に残っているとは思うんですけれども。半分は想像で埋めていただくというような形になってます。


女性4 : 「SWITCH」の連載では『ディスタンス』ってタイトルはARATAさんと伊勢谷さんの違いだったんですよね。なぜ最後までタイトルを残したんですか?敦と夕子の関係をこっそり教えてください。

是枝 : こっそり(笑)。『ディスタンス』というタイトルはARATA君と伊勢谷君の違い、本当にタイプの違う2人なんで、この距離が映画が進んでいくうちに近づいたり広がったりするという・・・結構安易につけてたんですよ。響きが良いんで。距離って映画を作ったり物を作る時に結構いろんな意味で考えるんですよね。作り手としては単純な意味だけじゃなくいろんな意味で。ドキュメンタリーだったら取材対象と自分の距離、カメラマンとの距離だとか。「距離」って何かを撮る時のキーになる言葉だったりして、言葉としてはすごく好きだったんです。プロットを膨らませて、どんどん自分の中で映画が変化して、でもタイトルを変えなかったのは、同じ『ディスタンス』でもあの2人だけではなくて、ある信仰を持ってあちら側に行った人と信仰を持たないこちら側の人の距離っていうのが、この映画のもう1つのテーマになると思って。あと寺島さんを含めてこちら側に残った今回の登場人物の5人が、境遇は同じなんだけど抱えている感情とか痛みがそれぞれ違っている。その距離を描きたかった。「距離」をキーワードにしていろいろ複雑に重層的にしていった。だから出来上がって自分で見でやっぱり『ディスタンス』ってタイトルは間違ってなかったなと思っています。
敦と夕子の関係はどう思いましたか?いろんな意見が出て面白いなと思ってて。もちろん寺島さんは姉弟だと思って接してくれてるんですよ。現場では。

寺島 :
はい。

是枝 :
完成するまでね。僕とカメラの山崎さんはARATA君とりょうさんは姉弟ではないという設定でいたんですけど。ある人から「自殺したっていうのは本当に自殺をしたんじゃなくて、弟をこちらに残して向こう側に行った人間から見ればこちらに残った人間は死んだのだ、と。それはあり得ることだから本当は姉弟なんじゃないのか」という意見が出たりして。そういう見方はなくはないな、と。そういう見方をするといろんなシーンが違って見えてきたりして、今は自分では僕の解釈と違う解釈が出てきたことを楽しんでいるところです。

寺島 : 台本には姉弟と書いてあったので、この2人近親相姦じゃねーかと思った(笑)。

是枝 : ちょっと男と女の感じがあるよね。たぶん。

寺島 :
姉弟であんな会話しないよ。(笑)


是枝 : 本日はどうもありがとうございました。

寺島 :
この場をお借りしてPRさせて下さい。秋に僕の次の映画『空の穴』が公開されます。情けない男が恋に落ちる話なんですが。彼女と僕の「ディスタンス」て感じで(笑)。よかったらそちらにも足を運んで下さい。今日はどうもありがとうございました。

 
         
         

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