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『安堵』と『後悔』

2013年6月10日

6月7日に根津美術館へ行った。
目的は来日中のフランス大統領と、文科大臣へのごあいさつ。大統領へはレセプションでの1分間のスピーチを、文科大臣とは今回のカンヌでの受賞のお祝いと、僕からのお礼を伝える非公式のミーティングが15分催される予定になっていた。こういう、かしこまった場はあまり好きではないが、時間の都合さえつけば感謝の気持ちを伝えるのはやぶさかではない。その程度には「大人」でいたいと思っている。
しかし、美術館へ向かう地下鉄の中で、「オランド大統領と安倍首相共同声明」のニュースに触れ、一気に気が重くなった。「原子力関係の技術開発で連携を確認し輸出を進めるための協力を強化していく」のだと。(おいおい)と心の声。トルコへの原発輸出の時にも驚いたが、廃炉への道すじも見えていない状況で、いったいどんな技術を開発し、輸出するのだろうか。
よし…ここは僕に与えられた1分間を使って(通訳が入るので実質30秒)前半の30秒はカンヌでのお礼を述べ、後半30秒で「是非福島へ行ってみてほしい」とスピーチしようと心に決める。

16時ちょうどに根津美術館に到着。
係の人に案内されて、一階のホールのようなところで大統領を待つ。取り囲む人々の拍手に迎えられて登場したオランド大統領は終始「日本文化の素晴らしさ」について語った。心が揺らぐ。そうだよなぁ…ここは「文化を語る場」なんだよなぁ…ここで原発のことを言うのは野暮だよなぁ…根津美術館で「福島へ」という発言は似つかわしくない。むしろその声明が発表された記者会見でジャーナリストたちが発すべき言葉だよなぁ…と一気に気持ちが後ろ向きになった。(僕の仕事じゃないよと)。
大統領につづいて挨拶したのは日本の大臣(たぶん)だった。彼はこんなたとえ話をした。
「私がもし宇宙人にさらわれて、地球がどんな星かと問われたらこう答えます。地球には文化と科学技術にすぐれた2つの国があります。日本とフランスです」
(おいおい…)と再び心の声。(よくもまぁ…そんな発言を恥ずかしげもなく…)福島の原発事故などなかったかのようなこの発言に正直僕は震えた。怒りで。そして思い直した。1分間を使ってやはり「福島へ行ってみてくれ」と言おうと。
野暮を承知でそう覚悟を決めたにもかかわらず、この大臣の発言が予定より長かったからか、スピーチの時間はその後すぐに終了となってしまい、僕が福島についてみなの前で語るチャンスは失われてしまったのだ。
そして気持ちの整理のつかぬまま、場所を喫茶室に移して文科大臣との私的なミーティングに臨む。受賞のお礼と、カンヌ映画祭で催された「アラン・ドロンと観る『太陽がいっぱい』といった映画史へのリスペクトに満ちた企画が素晴らしかった」などと僕は話し、将来的な日仏の共同製作への課題などについても言葉を交わした。で、その時なぜか大臣(女性)の隣りにいた大統領のパートナー、バレリー・トレルベレールさんの姿が目に入った。チャンスだと思った。
「先程、日本の大臣は文化と科学技術に優れた国だと言いましたが、その科学技術を過信した結果が福島の原発事故です。お忙しいでしょうが、是非一度大統領と一緒に福島へ行ってみて下さい」僕が勢いこんで話したその言葉を彼女は真剣に聞いてくれたように思う。そして「被災地のことを私たちが忘れないことが重要です。そのためにオペラの上演を東北で行ったりといった文化交流をこれからも続けていきたいと思います」
通訳をはさんでのやりとりだったので、どこまで話しが通じたのか…届いたのか、はぐらかされたのか、よくわからなかったが。
とりあえずは自分の考えを、大統領ではないにせよ伝えられたことに安堵する気持ちと、やはり公の場で「福島」について触れられなかったことへの後悔と…触れないで済んだことへの安堵と、そんないくつかの複雑な気持ちを抱えながら、僕は美術館をあとにしたのだった。

是枝裕和