皆さんから寄せられたメッセージ
人と人。
2004年9月10日 さくら


人は人と関わらずには生きていけないのだ、と
しみじみ思いました。

子どもたちも母親もみんな生きている。
誰も知らなくても、それでも。
生きているということは、意識があること。
意識があれば、「感じること」は無限大に広がっていく。
感じることをモトに、動くし、しゃべる。
そこで何かの刺激があれば、感じることも変わる。
とても流動的。だからこそ、一言では表せない。
「いい」も「悪い」も。
ふたつになんか分けられない。
言葉、という限定されたものでは計れない。

私が「人ってこうだよな・・・・うまく言葉には
表せないけど、こうだよな」とずっと思っていたことが
そのまま詰め込まれた映画でした。

また、見に行きます。

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胸の奥が、キュンと。
2004年9月9日 jin


ゆきちゃんが、いつ帰ってくるか、わからないお母さんを駅まで迎えに行くシーン。彼女の気持ちがものすごくわかります。私が幼稚園ぐらいの時、毎日、目白駅の改札で兄と共稼ぎの両親をpm9:00頃から30分か1時間ぐらい待っていました。兄がお風呂を用意し、私がごはんを炊いて、迎えに行きました。ゆきちゃんのこのシーンで、ボロボロ泣いたのは私だけかな。

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大人のひとりとして
2004年9月9日 坂之下哲


−まず映画としてほめたい。子供の心をこんなに美しく細やかに描いた映画を、私ははじめて観た。

床にこぼれたマニキュア、おもちゃのピアノ、母親の服、小さなベランダ、アポロチョコ、うさぎのぬいぐるみ、ちびたクレヨン、グローブ、学ラン、アルミボトルの蓋、草花の種。それらの小さなアイテムにこめられた子供たちの素朴な思いに、何度も打たれた。

また、子供たちの心を反映した風景もよかった。凍てついた駅からの帰り道、出会いの場所だった階段、遊び場ではなかった公園、誰も声をかけてくれなかった商店街、ずっと眺めていた校庭、公衆電話から見えるいつも暖かな光に満ちていたマンション、父親の思いへと続くモノレール、荒涼とした空港への道。

そして、どんな老練な俳優だって太刀打ちできない、子供たちの生き生きとした動きと言葉。

それらの糸をつかって織り上げられたストーリーの奥行き、不思議さに、すっかり魅せられてしまった。頭の中で、よかったシーンを何度もリプレイしながら、家までの道を歩いた。

−個人的な感想としては、あの映画の中に出てきたたくさんの大人たちに、自分の姿がタブって見えた。「無関心」も子供への暴力のひとつなのだ、ってことを切実に感じた。

救うことはできなくても、もうちょっと互いにちょっかいを出し合う暮らしを取り戻せないもんだろうか。あれだけたくさんの大人に囲まれながら、子供たちの部屋は孤島のようだった。

孤立している点では、大人だってそうだし、"暖かな家庭"が過去のものになりつつあるのも時代の一面ではある。でも、大人は子供の前でそういう言い訳はしちゃだめなんだ、と思う。子供の苦しみに比べれば、大人の事情なんてどれほどの価値があるだろう?

でも、私自身、もうすぐ40歳になるけれど、家庭を持とうとも子供を作ろうとも思わない。家庭と幸福の間には、たぶん何の関係もない、と思っているから。

・・・やはり私も無関心で無責任な大人のひとりなのだろうか?と、思った。

大阪に来て下さってありがとうございました。
2004年9月9日 大江正子


子供達の会話・しぐさがとても“つくられたもの”=【映画】とは思えず、【映画】を観るというよりは、彼らの生活をこっそり覗いているような感覚でした。観終わってからも作品について思いをめぐらせる事があって、まだまだ私のなかでは完結しないままになっ
ています。私にとって監督の作品はいつもそうなのですが・・・(笑)。
当日は監督と柳楽君の舞台挨拶も見る事ができ、たいへん感謝しています。

ほんの子供だったんだよね・・・
2004年9月9日 こじ


昨日、なかなか眠れなかった。映画の事で頭が一杯だった。
今日、事件の事を知りたくなって、調べた。現実とはなんて救いようのない事なんだ。
15年前、私は明君や彼と同じぐらいの歳だった。
学校に行き、バンドに夢中になり、能天気に恋をしていた。まだほんの子供だった。彼らも同じ子供だった・・・
その事実がとても悲しい。
今、明君や彼はどうしているでしょう?
それを考えると今日も眠れそうにない。

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今日「誰も知らない」見てきました。
2004年9月9日 みほ


今頭の中がもやもや、ぐちゃぐちゃした感じです。
なんだかとにかくすごい作品でした。

こんなに見終わって何時間も経つのに自分自身の気持ちの整理がつかない様な感情になった映画は初めてで、悔しさとかもどかしさとか・・・。
今現在も、明や京子達がこの映画の存在すらも知らない世界で一生懸命生きているのだと思います。

子供たちの演技が自然すぎて実録かと思うほどで、だからより心に刺さったのかもしれません。

子供たちは一生懸命ただただ、生きていく。兄妹一緒に生きていく。
「お母さんはもう帰ってこないよ。」
お兄ちゃんはどんな時でもお兄ちゃんです。でもやっぱり12才の少年なんですよね。
子供達の純粋な強さと脆さを、大人は見つめていく義務があるのだと思います。

この作品をもうすでにたくさんの人達が見てると思いますが、もっともっともっと多くの人が見てくれるといいなと思います。

是枝監督、キャストの皆さん、スタッフの方々、どうもありがとうございました。

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せつない・・
2004年9月9日 088(おばば)


いまさならながら、映画好きとしては、みなければ・・・と、見ました。なんだか、せつなくて・・・でも普通に家に帰って、スポーツジムにいったり、ご飯食べたり・・・したあと、たまらなく急に涙が出てきました。長いこと映画大好きで、週に2回は映画見続け
て(高校からずーっと)きた私がこんなに、後からせつなくなって涙するの初めてでした。
ゆきちゃんの死が信じられなく、今の世の中そんなことあるわけない・・・なんて思いながら見てた自分が不思議になりました。本当にありがとう。また、一生懸命人にやさしくならなくては・・と思いました。 茂君大好きです。明君の目忘れられません。
明日もう一度見に行くかもしれません・・・馬鹿息子と一緒に・・・

無題
2004年9月8日 さいとうゆう


しょーじききつかったです。悲しいとか、かわいそうとか、そういうんじゃなくて、きつかった。きついですよ〜〜(>_<)
でも、あの子達のこと、不幸だなんて思いません。かわいそうかもしれないけど、不幸じゃなんてない!絶対ない!
だって彼らは、人の温もりを知ってる。人と肌を寄せ合ったときの、あたたかさを知ってる。それってとても、幸せなことじゃないですか?
だから彼らは不幸じゃない!
わたしはそう思います。

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愛情
2004年9月8日 Sophia


映画館に行ってからひと月程経ちますが、今でも色々なシーンが深く心に刻まれています。
子供達の演技(それは演技と言うのが憚られる様な、実際の子供達の息遣いの様に思えましたが‥)や映画全編を通して淡々ニしたドキュメンタリーの様な描写に、是枝監督の力量(僭越な言い方ながら‥)、子供達に対する愛情をとても感じました。
モチーフとされた事件に対する怒り、現代の世相に対する疑問、そんな中で生きていかなくてはならない子供達という問題について、答えを一方的に与えるのでなく問題を提起し、見ている人間に尋ねかける。数少ない素晴らしい映画だと思います。
中盤までの、子供達だけでの生活が未だ悲壮さを帯びていなかった頃の映像はまるで抒情詩の様に美しく、とても心を動かされました。リアリティという観点で言えば寧ろ、親に捨てられた子供達というのはもっとヒステリックになったり始終不安でイライラしているものかもしれません。でも世間のあらゆる汚い物事からも隔絶されて育ってきたという設定の中で、映画の中の子供−子役達は淡々と純粋に生きています。愛情に裏打ちされた子供達の表情を見るにつけ、この柳楽くん達5人の子は幸せに育って来たんだな、と逆に安心できました。
監督も仰る様に、この映画自体が実際の事件とは違う一つの出来事なのですから、幸せな子供達がここにいるという事実は素晴らしい事です。(勿論実際の事件の子供達がその後幸せな生活を過ごしている様に祈ります。また世界中の子供達そして大人達が幸せな子供時代を送れる様に、送らせてあげる事ができる様に‥)

静かな感動をくれた子供達、大人達(YOUさん好演、他の皆さんもしみじみとした演技が良かったです)、監督やスタッフの皆さん、カンヌで評価してくれた評議員の皆さん(そのお陰でより沢山の人が映画館に向かった訳ですから‥)、色々な方に感謝します。
映画を見て、人が生きていく上で愛情を与えられるという事がどれだけ大切な事かを再確認しました。ですので、私が今まで生きて来た中で愛情を与えてくれた沢山の人たちにも改めて感謝の気持ちを捧げたいと思いました。

【このメッセージは作品の内容に触れています】
無題
2004年9月8日 恵美


私は今妊娠4ヶ月です。この映画は、これから親になる私に何か大きな物を突きつけているようでした。
見終わった後、自分でも意外ですが、
「私達大人は、この母親のような事をしているのではないか?」という気持ちになりました。
お金や物を与えて、
「はい、それでなんとかしなさい。」
なんてことないでしょうか?そんな考えが頭から離れません。
あの子達はこれから、どうなるのでしょうか?とても心配です。
明君が再びトランクを運ぶ事がないよう、願います。

【このメッセージは作品の内容に触れています】
その向こうを知りたい
2004年9月7日 西川なこ


今日、再びあの子達に逢いに行きました。そしてもう1度メッセージを届けたくて書かせていただいています。

あの子達の周囲にあったいろんなことに悲しみました。
そしていろんなことに感謝し、打たれました。

悲しんだこと。
高いところから落っこちたら危ないよって教える母がいなかったこと。
母の4人への可愛がり方が、責任感あるものというよりも、時に自分が幸せであることの延長にすぎなかったこと。気分よく帰った後の子供達への接し方にそう思いました。
友達を失ってでも拒否した万引きを、せざるを得なかったのが医薬品であったこと。

感謝したこと。
優しいお姉さんとお兄さんや野球の監督さんがいたこと。
紗希ちゃんがいてくれたこと。
ガスや電気が完全に止まったのが真冬ではなかったこと。
誰にも知られない子供達に、それでも街には居場所があったこと。コンビニ、階段、空地、そして公園。
公園に誰でも自由に使える水があったこと。

打たれたこと。
引っ越しの荷物=茂とゆきを迎えにいった時の明の微笑。
ゆきの手に違和感を感じた自分を責める、あまりにも責任感のある明くん。「死」に違和感や怖れを感じて当然の年令なのに。
明くんがきょうだいのために自分で用意したお年玉。
母からのものではないことが分かっていても何も言わない京子ちゃん。
兄と姉を心から信頼する弟と妹。

書き切れないし、語り切れないこの5人の時の流れ。もっともっと5人を知りたくて、私はもう1度見に行きます。5人に逢いに行きます。

監督、どうか4人が歩いていったあの向こうを、いつか私達に見せて下さい。

長文になり、申し訳ありません。

ついに観ることができました。
2004年9月7日 ふみえ


今日友達と仕事帰りに観てきました。
終わり方が自分の想像と違ったのが意外だったのですが、作品を観てから家に着くまでにいろいろ考えてしまって、誰かに抱きつきたくなる切ない気持ちが溢れてきました。

不思議な感情が残っています。
2004年9月7日 tako


今日、主人と一緒に見てきました。
TVドラマで見ていた柳楽君でも見に行くか、くらいな軽い気持ちだったのですが、途中からぐいぐい引き込まれ間近で彼らを見ているような気持ちになってしまいました。

多くの方が書いていらっしゃいますが、単純な同情とかかわいそうとかそんな次元ではなく・・・かといって、うまい表現が見つかりません。

実話ということも実は見た後まで知りませんでした。
そしてこれだけ心をゆさぶられた映画の元になった事件はどんなものかと調べてみたら、映画よりももっと悲惨で想像をはるかに越えていました。

誰にでもある現実のつらさからの逃避、それは普通の人ならただの青春期の一時で終わるかもしれないのに、明くんの環境はそれを許されなかった。

この映画で見た気持ちを、これからの自分を育てる糧にしたいと思います。

「誰もしらない」を観て..
2004年9月7日 かこ


この夏、色々なことが重なり、心が重苦しく、体も言うことをきかなくなってしまい、それでもなんとか、日々過ごしています。どうしても、この映画だけは、観たくて、やっとの思いで、暗闇にまぎれて映画館に向かい、レイトショウで拝見させていただきました。平日の夜遅く、かなりのお客さんが入っていらっしゃって、生意気にも、なんだか、世の中、捨てたものではないなぁと思ってしまいました。明君を見ていると、心細くて、さみしくて、不安で、人間の孤独が赤裸々で、でも生きていくことをあきらめない強さとたくましさがあり、とても心をうたれ、そして、なんだか、とてもほっとしました。「誰もしらない」は、私にとって、生きていくことが辛くなる度、思いだし、勇気をくれるであろうと思います。ありがとうございます。

【このメッセージは作品の内容に触れています】
観て良かった
2004年9月7日 ぼへ(30)


台風の影響で、予定されていた試験が延期になり、時間が余ったので「誰も知らない」を観ました。でも観て本当に良かったと思います。おわってから、じわじわ、いろんなシーンが思い起こされます。こんなの初めてです。私の好きなシーンは、ユキちゃんがピコピコくつを鳴らしながら駅にお母さんを迎えるシーンと、明くんがボールを上に投げて遊ぶシーンです。私もよく上にボールを投げて遊びました。パンフレットを買いたいと思った映画も久しぶりです。皆さんのように感想を上手く書けませんが、ありがとうございました。もう一度、大切に観てみようと思います。

誰も知らない。
2004年9月7日 Key子・ローリングストーン


誰も知らない。
ぼくがおもうのは風がゆれてかみがゆれたから
かなしいとおもった。
誰も知らないとおもったから
かなしいとおもった。
ここにいるから
かなしいとおもった。
ぼくはそれを、とてもかなしいとおもう。

本日見てきました!
2004年9月7日 yukky


きょうみてきした。感想は複雑です。同情とは何だろうと思いました。哀れみの心。本当にアノ家族を助けるのには勇気が必要で、しかし誰も知らない、しろうとしない、薄っぺらい同情は。。。同情は・・・。もし、今あたしの近くにアノ家族がいたらあたしは何をし、そして何が出来るんだろう。演技は、賛否論があるようですが全体的に、自然な感じがとてもよかった。あーこういうこといういう!こんなリアクションだよね!ってことが多く、アノころの気持ちになれた気がします。あたしは20歳ですが、アノころを忘れたくはありません。しかし、脳には忘れる昨日がついている。時にやさしく、ときに残酷だとおもう。ラストについて、それからどうなったの??と強く思ってしまいました。積み重ねを見た。決定的な結果が知りたいと思いました。誰も知らない2をお願いします!

【このメッセージは作品の内容に触れています】
映画を見てからずっと考えてます
2004年9月7日 二児の母


久しぶりに号泣しました。 ゆきちゃんがかわいすぎて、余計胸が締め付けられました。 これがお涙頂戴ものなら、明が飛行機を見上げた時、「ゆきーー!」と叫ぶんだろうけど、全編わざとらしいところはなく、そこが又想像をかりたてられるところでした。私は小さい時に父を亡くしたけど、幸せな子供時代だったのですが、誰も知らないは、昭和の時代の様な懐かしさがありました。こどもの笑顔も遊びもずっと変わらないからでしょうか。 又、自分のこどもがひとしおいとおしくもなりました。 パンフレットに、大好きな谷川俊太郎さんが載っていて嬉しくなり、更に大好きなネスカフェのCMが監督作品と知り、ますますファンになりました。これから他の監督作品もビデオで見ます。 長くなってすみませんが、映画館を出てから明君達のモデルになったこども達や母の心境が知りたくて、図書館で当時の新聞を読み、悲惨な現実に胸が痛みました。 もうこれ以上、無責任な大人、その代償に遭うこどもが一人たりとも増えません様に、、、

【このメッセージは作品の内容に触れています】
静かな希望
2004年9月7日 あさ


YOUが眠っている時に流す涙、自分をどんな事からも守ってくれる母の涙。私は足元がゆっくりと崩れていくような不安を子供になって感じていました。ラスト近くに京子が茂と手を繋いだ時、悲しくても静かな希望を感じました。見終わった時は切なさでいっぱいでしたが、日が経つにつれて少しづつ、暖かな気持ちになりました。真冬、すっかり冷え切った鼻の頭に自販機で買った暖かな缶コーヒーを当ててみるそんな映画でした。そして、明達が今も私達と同じ空の下、静かに暮らしているような気がしています。

眠れません。
2004年9月7日 木下 裕一


私は、映画は年に1本ぐらいしか見ません。そんな私が今日(6日)「誰も知らない」を見に行ったのは、なぜかというと。

私は、この3月まで少年院に勤務していました。犯罪を犯した非行少年が収容されている施設です。少年院に収容されている子供たちには、いろんな子供がいます。明君と同じように、中学生なのに学校に行けず、明君とは違う方法で(窃盗や恐喝で)家族の生活を支え、少年院に送られた子供もいました。そんな子供たちを思い出しながら、「誰も知らない」を見ていました。

少年の非行が凶悪化している、だから少年法を改正して厳罰化しなければいけない、という意見を聞くことがあります。被害者の立場からしたら当然のことだと思います。私も自分が被害者になればそう思うかもしれません。

でも、社会(大人)が子供たちに敵対心をもって接していいのかな?と思います。大人が、自分たちへの被害に対して、決して対等ではない子供たちに怒りを剥き出しにして向かっていく。少年の非行に対して厳罰化を唱える意見を聞くと、ふとそんな気持ちになります。なにが正しい答えなのか、今の私にはわかりませんが。

映画を見終わって6時間ぐらい経つのですが、自分でもよくわからない感情が沸いてきて、うまく鎮めることができないまま、朝を迎えてしまいそうです(笑)「何て映画を見てしまったんだ」と後悔は・・・してません。大人は、子供を敵に回すのではなく、子供から逃げるのではなく、子供に無関心なのではなく、正面から受け止めなきゃ、と改めて思い知らされました。

私は、今は大学に通ってます。なんだか少年院の子供たちを見捨ててしまったようで、少し心苦しいのですが、遠回りしてもいいから、もっと子供たちの力になれるように、と思いながら勉強に励んでいます。そんな私に「もっと頑張れよ」と力をくれる映画でした。

失礼ながら、映画にあまり関心のない私は、是枝監督のことも、全く知りませんでした。「誰も知らない」を知ったのも、例のカンヌのニュースが初めてです。でも、「誰も知らない」やこのHPの作品暦などを見させていただいて、社会のなかでふと見落とされてしまいがちな人々についての作品を数多く作られていることを知りました。それらの作品を少しずつでもいいから、見させて頂こうと思います。

大変、素敵な映画にめぐり合わせていただいてありがとうございました。

【このメッセージは作品の内容に触れています】
誰も知らないに出会って
2004年9月7日  りょう


さっき2回目の『誰も知らない』を観てきました。
観終わったあとに立てなくなる…。
ハッピーエンドとか悲しさとかそういった範疇ではない、なんともいえない気持ち…。
この作品に対しどう向き合ったらいいのだろうかまだよく分かりません。
ただ明(アキラ)たちの生きる強さに打ちのめされるだけ。
もっとも強いとか弱いとかそんなこと彼らには関係ないかもしれませんが。
是枝監督の作品の登場人物はベラベラ喋らないから、“内側”を覗き込まされる気がします。
その時の感情だけではなく生きてきた人生を全部背負った上での人物。
人は何を思い、何を感じ、どう生きていくのだろか?
なぜ母親は本当にもう帰ってこないのだろうか?
なぜ明は成田空港のそばに埋めたんだろうか?
これから彼らはどんな道を進んでいくのだろう?

何年か後、何十年か後に観るとまた何か違うもの、違う自分が見える気がします。
ありがとうございました。
これからも頑張ってください。

生きていくおまえ
2004年9月6日 中尾浩二


幸せになっちゃいけないの、と、悪びれもせずに
あのひとは君に聞いた。
あのとき飲み込んだ言葉を、僕に想像できるだろうか。

蒸発とは、行方をくらますこと。
だけど、あの人の手紙は悪びれもせずに所在を告げる。
浅はか、なのか。それとも。

悪びれないあの人に、「帰ってきて」とも言えたはず。
電話1本で解決する。そんな結末もあったはず。
君の幸せと、あの人の幸せ。比べることができたなら。

狭すぎる世界で、分別を覚えたこと。
諦めながらも、求めてしまうこと。
それは、悲しいことなんだろうか。

【このメッセージは作品の内容に触れています】
人並みの生活
2004年9月6日 プリンちゃん


この間母と行き、1人でいけばよかったと後悔しました。予想はしていましたが、子供がけなげで可哀相で悲しくて涙をこらえるのに必死だったからです。 
1) 明くん・・・長男だからと頼りにする母親に怒りを感じました。お年玉を兄弟のために母親からもらったと嘘をつく・・えらすぎるね。 2) 京子ちゃん・・・ピアノ欲しかったのに、お年玉の字が違うことを知り、明くんに返したり、お母さんの服を売ることを拒
んだり・・やさしくて、お母さんが 本当に好きなんだね。 3) 茂くん・・・外にでたくてしょうがなかったやんちゃな君。男の子だもん。外でかけずりまわりたいよね。 4) ゆきちゃん・・・まだ小さくて、お母さんに甘えたいのに、誕生日も帰ってこないなんて、お母さんひどすぎるよね。
この自由奔放な母親はなりゆきまかせで悩みなんてないんだろうなー。コンビニのお姉さんに児童施設かなにかの事を提案されたとき、明くんは、兄弟が離れてしまうからと言った・・・血のつながりがなくてあのような生活でも、離れたくないと言う、心にぐっときました。
実際の事件が気になりだし調べてみたら、やはりもっと悲惨な事になったようで胸が痛みました。

誰も知らない、見ました
2004年9月6日 恵美子


today、観る機会があり、観ました。
私の子は芸術系に進もうとしている高1生です。
私が先に一人で見たと攻められましたが、あなたも一人で見たら、または見るべきよと言いました。
子は柳楽君の世代に近いですが、彼女には、監督の境地で見て欲しいと思いました。

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