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僕も知らない
2004年9月17日 脩平
はじめまして
誰も知らない
みせていただきました
本当に周りの世界は複雑です
単純化されたものが溢れ
それに周りの世界をあてはめてしまう
その怖さ
涙も感動も言葉もない
ただ"この感じ"が自分の中で続いています
1番怖かったのは
自分もあの大人たちと同じ感覚で子供たちを観ていた
自分に気づいた瞬間でした
1番末の子が屈託なく母親と話すはじめの方の場面で
僕もあの子がかわいいなと思いました
大家さんの女の人のせりふの感じで...
子供たちがためらいがちにベランダに出たりしている
のを観ていて見つからないで欲しいと思った自分
でも後になってやっと気づきました
彼らはいっしょにいたかった
明君の一言に想いを観ました
それがすごくショックで
僕も知らないんだと
メッセージを明確にしたドキュメンタリー
それよりも描写はフィクショナルでも
すごいドキュメンタリーだったんです、僕の中で
僕は映画が終わってそれが自分の世界に広がっていくそんな映画がすきなんですが
唯、この映画に関しては今まで味わったことのない感じ
をことさら受けたつもりです
もちろんいい意味で
とにかく自分の心の中ですごいターニングポイントに
なりました
勝手に是枝さんと心がつながったように思ってます
映画と関わった人すべてに感謝、です
長々とごめんなさい
是枝さん、ありがとう

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そんな愛もありだと思う
2004年9月16日 かるまんぼう
この母親を無責任とは思えなかった。ただ人より母親役にはちょっと向いていなかっただけ。子どもたちのこともきちんと愛していたと思う。そうでなければ、4人があんないい子に育つはずがない。彼女は子どもたちを無条件に愛していたと思う。だから無意識にせよ、子どもたちからも愛されていると信じていたんじゃないのかな?
特に明との親子の愛情関係はいびつで歪んでいたけれど、彼が他の子たちを守ってくれると信じて疑わなかったからこそ、時折母親役を休めたんだと思う。安心して愛情のベクトルを、子どもたちから男性へ向けられた気がする。明もそれがわかっていたからこそ、期待にこたえようと精一杯頑張って生きてきたのではない?だって、彼なら他の子たちを置いて逃げ出すことも出来たはず。それをしなかったのは弟妹たちのためでもあるけど、母親のためでもあったと思う。
多分、明は気付いてる。母親が傷ついて帰ってくる場所は自分たちのところでしかないってことを。だからその場所を必死で守ってるんだと思う。口では「捨てられた」って言っているけど、本心ではそうは思っていないように見えた。
きっと、今日もあのアパートで彼女の帰りを待っているハズ。
戻れる家があるからお母さんは家出をする。親子の関係性がまるで逆だけど、これもひとつの愛だと思った。家族の絆は確かに見えた。
でも、ゆきちゃんのことを知ったら、どうなっちゃうんだろ?母親の彼女のほうが心配です。彼女の存在は大人な分だけ、子どもたちより、脆くて、危ういものとして、私の目に映ったから。

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今日、見てきました。
2004年9月15日 能
子どもの頃の事をたくさん思い出しました。
一番上の子は、やっぱり、下の子を守ろうとするものなのかもしれないなと思いました。
自分が一番辛い時には自分の辛さって分からないものでそれを通り過ぎたり、人から「辛かったね」といわれた時に初めて辛かったんだ、と分かるものじゃないかしらと思ったりもしました。
パンフの中で、実際の事件に触れて、妹の言葉で、「お兄ちゃんは優しかった。お母さんよりもご飯をいっぱい食べさせてくれた」といっていますが、それは愛情の量の様な気がしています。
私には誰も責められないと思いました。
自分自身が、同じ立場になった時、どういう役割を演じるだろう、と思うと。
無関心な大人でありはしないか。
無責任な大人でありはしないか。
果たして。
それでも、気がついたときには手を差し伸べようとする大人でいたい。せめて。
全然まとまってません。
思うままにかきました。でも、こんな気持ちです。
見てよかったです。

眼の見えない人にわかる映像
2004年9月15日 chica
すごい映画でした。
今まで知らない「映画」の世界を感じました。
是枝監督がテレビに出ていた時、母と一緒に見ていて、「映画、見たいね」と話していたので母と一緒に見に行きました。
母は眼が見えないのでわからないところあった見たいです。
眼の見えない人にわかる映像ってむずかしいですよね

胸打たれました
2004年9月15日 ゆう
とても話題になった映画なので楽しみにして行きましたが見終わった後しばらく席から立てませんでした。それ程いろんなことを考えさせられました。もうなんというか子供達の生きる力というかすべてのことに胸を打たれっぱなしでした。久しぶりに良い映画に出会えて良かったです

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せつなさがとまらない・・・
2004年9月15日 syoka
昨日、観させて頂きました。
HPを発見して、嬉しくて開きました。
でも・・映画を思い出し、もう涙目です・・・。
せつなくてたまりません。とても、とても心が苦しくなります。
子供たちの演技は、私の姪っ子達の話し方、喧嘩の仕方もソックリで、あまりにも自然、本当に自然!
だからまるで一緒の空間にいる錯覚をおこしてしまうのでしょうか?
何も助けてあげれない自分がいるから、心が苦しくなるのでしょうか?
それとも、子供時代の孤独を思い出したからでしょうか?
ただ、ラストシーンでサキちゃんが一緒にいるのを見てなんだかホッとしました。

京都と神戸で見てきました。
2004年9月15日 トクドメマスミ
まずは、初日に行ってきました。
劇中、ほとんど泣いていました。明がスーツケースを撫でるあたりからずっと。見終わった後も、ずっとこの動作は頭に残っていました。
こども達にもお母さんの気持ちにも共鳴できました。中でも、京子や明に一番共感できたのは、私に妹がいるからかもしれません。
約一年前に学生映画祭で見させて頂いた明が笑顔に変わる映像を、私は京子たちと同じ気持ちになって見ました。心から嬉しいという感じです。
劇中や見終わった後も、善悪や社会や責任についてグルグルと考えたり、切なくて泣けてきたりしていたのですが、思い返して一番残ったのは、現実を精一杯生きている明たちでした。町も四季も生きているから美しかった。
そして、それを描き出した監督の視線はやはり優しいものだなぁと改めて思いました。映像での距離も、セリフで表す範囲の距離も。がっつりと迫っていくのではなく、じっくり見つめるという感じがします。うまく言えないのですが、本当に優しいというのはこういう事なのだろうと私は思うのです。
神戸の映画館には絵コンテが展示してありました。内容が少し違うところもあって、制作の過程を少し覗けた気がしました。失礼にあたったら申し訳ないのですが、可愛らしい絵だと思いました。
次回作は時代劇だとか。監督が時代ものをどう捉えるのか今から楽しみです。
最後に、制作、配給、興行等に関わられた全ての方、素晴らしい映画をありがとうございました。失礼します。

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僕が感じたこと
2004年9月15日 homare
いつもバラエティで見ているYOUの明るさが、柳楽くんの瞳を通すととても切なくなる。YOU演じる母親に捨てられて子供たちを描いた「誰も知らない」を見てきた。たぶん可愛そうだからなみなを流しながら見る映画ではない。子供たちだけでどうにかこうにか生きて、死んでしまった妹を飛行機が見えるところに埋める・・・。それでも柳楽くんの瞳には涙というものはない。だからボクも泣かなけった。いい意味でも悪い意味でも無く感動できた映画でした。(キムキム兄やんのタクシー運転手も異様にリアルだった。)

昨日「誰も知らない」観ました。
2004年9月15日 yanagisawa
観終わったあと「生活」という言葉が浮かび、いまもその言葉が大きく頭にあります。
悲しいとか美しいとかと言う感想は生まれませんでした。
「生活」という言葉が体にぶつかった。
もう一度観に行きたいと思います。

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追加。
2004年9月15日 naho
夜遅く、しかもお酒に酔って帰宅する母。
眠っている子どもを「怒っているの?」と言いながら起こし、お寿司を開けるシーン。明は全員分の湯飲みを取り出してお茶を入れる・・・。
映画の中でそれ以前の母の生き方や子どもたちの育ちを詳しく知ることはなかったけれども、このシーンを観てすごく心が温まる気がしました。目に見えることだけが全てではないということ、人は、他人にはわからない誰も知らない自分を生きているということ、豊かさを計るものさしなんてないこと・・・などなどなど思い知ることが出来たシーンでした。

観賞後、心地いい・・・
2004年9月15日 naho
仕事休みの平日昼下がり、特にすることが見つからず何気なく入った映画館。相当悩んだ末、『誰も知らない』を観ることに。悩んだ割に、期待はしていなかった。映画通じゃないし、カンヌ国際映画祭で主演の男の子が賞を受賞したとは随分前のワイドショーで騒がれているのを見たことがあったけど、その男の子よく知らないし・・・、暇つぶしになれば・・・という思いだけでした。
なぜだろう・・・どこの場面か覚えていないのですが、中盤で一気に込み上げるものがあって嗚咽しちゃいました。涙が止まりませんでした。劇場に腰掛けて2時間過ごしただけのはずが、すっかり自分も一市民として一年という月日を共に過ごしたような錯覚に陥りました。
劇場を出てすぐに谷川俊太郎さんの詩を目にしました。声に出して読んでみるのですが、声にならない・・・それでも何度も何度も繰り返し口にしてみました。心に焼き付きました。いろんな人がいる、いろんな人生がある・・・無駄なことは一つもないんじゃないかな・・・などなど。
児童養護施設と呼ばれる所で、少なからず心に傷を負った、とされる大勢の子どもたちと共に生活をしています。いろんな家族の有り様を見てきました。また、ニュースでは信じがたい事件の報告ばかり。嫌気がさしちゃうけれど・・・
目に見えるものだけが全てではないことを念頭に、語らい、笑ったり泣いたり、人と心を通わすことで自分の視野を広げたいと思う。
今日、映画館に行って本当によかった!すてきな映画をありがとうございました。

VANCOUVER
2004年9月15日 kunii
こんにちは!
今バンクーバに住んでるんですが、是枝監督の作品が
大好きです!
2年くらい前?、いや去年かな?
青山ブックセンターで伊勢谷君と是枝監督のトークショー
見に行ったとき、誰も知らないを10分くらい見せていただき、もうすっごい好きな感じで待ちわびてたんですけど、こっちで生活を
始めてしまい見れなくて、へこんでいたんですが
バンクーバ映画祭でやるんですね!!!!
行きます!!!!
楽しみ!!!
是枝監督は来ないんですか?

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幸せって?
2004年9月14日 ミィ
紗希ちゃんが、どうしてあの部屋に通うようになったの?
汚くて、異臭を放つあの部屋へ...
ゆきちゃんをひざまくらし、すやすやと眠ってしまった顔を見て、彼女は何を感じたと思う?
素敵なマンションに住んで、綺麗な制服を着て学校に通う彼女の持っていないものが、
そして、望むものが、あの部屋にはあったから...
お金では決して得る事のできない本当の安らぎや、幸せがあの部屋にあったから...
幸せって、他人が決めるものではない。
本当は皆、気付いているのに。
どうしていつまでも、お金や、学歴や、
そんなものに惑わされてしまうのだろう。
兄弟4人の他に、そんな事も考えさせられてしまいました。

【このメッセージは作品の内容に触れています】
Everybody knows
2004年9月14日 swallowz
先日やっと作品を見ることができました。
さまざまの状況でも成長していく子供たちの姿がリアルでとてもよかった。
また、この映画を見た人がどのような思いになったか、とても気になりました。
登場する人物たち、母親・子供たち・管理人・コンビニの店員・中学生の少女・父親たち、誰に理解を示すことができ、誰から目を背けたくなったか。
私自身、そんなこともできずにただスクリーンの前で傍観者としかなることができなかったが・・・
ただ、実際の事件を追いすぎるあまりに私が感じたメッセージ的なものが薄れてしまったこともあったのも事実。
しかし、この映画をぜひ多くの人に見ていただきたいと思う。自分も社会の中の一人であり、手を伸ばせばすぐそこに隣人がいるということ、そして、誰もが知っている、人と人が手を取り合うことの大切さを思い出してほしいと思った。

「誰も知らない」でいいの?
2004年9月14日 MOCOMOCO
先日、空いていそうな映画館と時間を選んで、10歳になる娘を連れて「誰も知らない」を拝見致しました。いつも、世界中で不当に苦しんでいる子供達をメディアで見ても、現実にピンと来ない娘の表情にガッカリしていることもあり、身近な自国の子供で実感して欲しいと思う親の勝手な思惑もあり。。。。そう言う私自身が、映画を観ているうちに明君の瞳の中にいつのまにか入り込み、怒りと切なさと愛をもらいました。これまでにも是枝監督の映画は、すべて拝見させて頂きました。監督の観た者の心に余韻を残し、そこから思考の始まりを促してくださる独特な作風の映画の中でも、子供を持つ私にとっては、この「誰も知らない」は、やはり観終わった後に特に重い何かを突きつけられた気持ちでした。この何かはいったいなんなのか?これからじっくり考えて、自分の周りをぐるりと見回し、身近なできることから行動に移して行きたいと思っています。なんのことはない、「知らない」のは大人なのだと、なんだか後ろめたい気持ちで子供の手を握りながら、家路につきました。すべてが不確かで不安な時代だからこそ、球体で物事を見ることを教えていただいたと思います。そして作品を通して、心から暖かな思いを発信してくださる是枝監督に感謝致します。これからも作品を楽しみにしております。皆様、この映画必見です。

誰も知らない、拝見しました
2004年9月14日 恋塚由貴
こんなにも〔生きる〕について考えたのは初めてです。とても大きな感情を覚えましたが言葉と言うものはあまりにも難しく上手く伝えられませんがメッセージさせて下さい。〔感動〕とは違うものでした。あまりに残酷なテーマで見るまでは楽しみな反面躊躇していた部分がありました。作品をみているうちに私も彼らの家族になっているような気分になりました。彼らが笑顔になれば自分も笑顔になり母を待つ彼らと一緒になって早く帰ってこないかな、と願い…。とても演技をしている様にはみえませんでした。劇中は涙をこらえておりました。彼ら4人での遠足でのシーンが印象的でした。とても言葉ではまとめる事のできない作品でした。観て、家に帰ってから彼らの事をずっと考えておりました。いくつかの疑問もありいてもたってもいられなくてまた観にいきました。最初に観た時とは別の感情も覚えました。今生きているあらゆる人にたくさんの人にこの映画を観て欲しい、そう強く感じました。私の心にずっと、永遠に彼らの存在は残る事だろうと思います。こんなにも素晴らしい作品を作り出してくれた是枝監督・出演者の皆様・スタッフの皆様に心から〔ありがとう〕と言いたいです。本当にありがとう。

不可解だった15年間
2004年9月13日 かめ
先日、「誰も知らない」を観ました。
この事件は、私の印象に強く残った事件でした。まだバブルが醒めない頃でした。「14、5才の男の子と女の子達が戸籍も無く、発見時には親も居ず、生活している、そんな事象が発生しうるのか」、思考の辻褄が合わな過ぎてそこから先の記事が理解できませんで
した。
沢山の男性と付き合う女性は彼女だけじゃないだろうになぜ彼女だけこの行動になったのか、子供が帰宅しなくなったりしなかったのか???
とにかく、辻褄が合わなくてその後の一般的には凄惨(正しい表現か分らないけれど)な事件まで記憶に有りませんでした。この不可解さがずっと気になっていました。
是枝監督の年齢が私に近かったのであの時代に学生を卒業したくらいの年代の人は、あの出来事に何か不可解さを持っていたのかと思い、同じ何かがありそうな気がしました。
見る前に実際の事件の全容は知ってから観ました。あの少年達が来ないでくれて、映画なのにほっとしました。パンフに少年の事件後の行動が書いてあって、これもほっとしました。是枝監督が私の不可解さのポイントをあまりに突いていたので、「これは、事件を覚えている人に優しい嘘を書いてあるのかしら・・・」と逆に疑いもしました。
タイトルロールの最後にお母さん役の名前が出ましたが、海外の人は別な意味に解釈したんじゃないかな、と思いました。
是枝監督の以前の映画はドキュメンタリー風ではあるが、描き方が甘すぎる気がしてみていませんでした。これも、事実から比べると遥かに「おとぎ話」かもしれません。でも、あの事件は本当はこの映画の通りだと信じたいと思いました。
今度は、逆に、誰も彼らを探さないで欲しいと願っています。
いいじゃないですか、明日は来て、生きている者は生きていかなければならないのだから。

明の眼が私を見つめる。
2004年9月13日 ビバ
もう劇場で観てから5日経つ。5歳の娘を持つ母です。
夜、目をつぶると明が出て来る。その後ろから京子、茂、ゆきが顔を出す。
あの4人は映画の中にいたはずなのに、現実と見まがうほど鮮明に脳裏に浮かぶ。
まるで私が、あのアパートの近くに住んでいて、夏、公園で彼らがバケツに水を汲み、歯を磨いているのを横目に、自分の子供をその公園で遊ばせていたかのような、そんな錯覚とも夢ともつかない映像がまぶたの裏のスクリーンに映し出される。
ごめんね、気が付いてたのに、何もしてやらなかった。
戦争は嫌だ。そう誰かが言うとき、地球の裏側では子供が銃を握っている。
人殺しは良くない事だ。そう誰かが思うとき、子供を殺す親がいて、友達を殺す子供がいる。
理想と現実とは常に背中合わせだ。その儚い理想に向かって私たちは生きていかねばならないのか。
4人が脳裏に浮かぶ度、謝る私。ごめんね、ごめんね、ごめんね。

【このメッセージは作品の内容に触れています】
やっと見てきました!
2004年9月12日 yurika
私は以前ここにメッセージを書いたものですが今日やっと一時間かけて映画館まで行って見てきました。
映画館へはいってすぐ私は一番いい席をとりました。
感じたことはすごくたくさんあります。
まず明はすごい強い子だと思いました。おかあさんがいなくなっても3人の子供たちのことをなんだかんだいって世話してるからすごいなぁ〜って思いました。
それと京子がお年玉もらったときにお母さんの字じゃないって気づいたときには子供でもいろんなこと考えるんやなぁ〜って関心しました。
ゆきちゃんがおかあさんの帰りをまって最後のアポロチョコを食べてるとき、私は贅沢しちゃいかんなぁ〜って思わされました。
茂が明とケンカしたとき。。。。。
私のなかにまだまだ数え切れない思いがあります。
この映画からたくさんのことを学びました。
自分をみなおさなきゃいけない!って思いました。
帰りにコンビにによったときも、やっぱり映画のことが忘れられなくて、思いがこみ上げてきました。
明が万引きできない思いも、学校いけなくても勉強して・・・ほんとに明はすごいと思います。
感動しました。
また見たいです。この作品に出会えて本当によかったです★ありがとうございました。

【このメッセージは作品の内容に触れています】
あの部屋の中の命たち
2004年9月12日 ks
生命力がテーマなのでは、と思った。
電気も水道も止められた母のいないあの部屋で子供たちは生きている。
外出した時に見つけた草花。
カップラーメンの容器に土を入れ種を植える。
あの部屋の中で子供たちを象徴するかのように葉っぱは育ち、見事な生命力を見せてくれた。
孤独な中学生の女のコはきっと自殺する可能性もあったのではないかと想像する。
しかしあの部屋に来ることで生きる力を感じたのではないだろうか。
ラストシーンはユキちゃんの死で終わらなかった。
コンビニのお兄ちゃんにオニギリをもらう。オニギリも生命の象徴だ。
そして、みんなであの部屋へ戻る。
信号機でしげるがあきらの袖を引っ張る。
生きるために前へ進もうとするエネルギーがあきらを引っ張り、青信号を渡る。
太陽の光を浴びて4人があの部屋へ戻る後姿がラストシーンであったことに、生命力溢れるシーンで終わって良かった。

無題
2004年9月11日 みゅ
子どもたちのまっすぐな眼が突き刺さり、消えない。
どうしてこんなにきれいな目をしているんだろう。
兄弟みんなで生きていこうと、弟妹たちを支え守る明くん。
兄を信じきる弟妹たち。
つらくて悲しくて、どんな道に走っても不思議ではなかった。
でも、彼らはそれを選ばなかった。
これは、一人一人をとても大事にしていたからではないか、と思う。
子どもたちは互いを慈しみ合って生活していた。
そして監督も彼らの成長を慈しむようにフィルムにおさめた。
あの部屋は閉ざされた空間ではあるけれど、そういう意味でとても優しい空間だったのだろう。
あの部屋もいずれはそれが壊される日が来る。
その時彼らはどのような表情をするのだろう。
私もいずれは母になるときが来るだろう。
けい子のようにならないと断言できる日はあるのだろうか。
自分の幸せと子どもの幸せ
その二つをしっかり抱えられるように・・・
救いはあまりない映画かもしれない。
ハリウッドのようなはっきり・オチあり映画が好きな人には向かないかもしれない。
でも、透明な悲しさと優しさがあふれている映画であると思う。

【このメッセージは作品の内容に触れています】
また会いたい・・。
2004年9月11日 ちー
久々に引き込まれてしまいました。
見ているうちに自分もそこにいるような、我に返る瞬間がなかった。
見終わった後、画面にいた子どもたちに会えなくなるのが淋しいと感じました。
あまりにも自然で、明日になったらまた会えるのではないかと思うほど子どもたちに親しみを感じました。
あんな自然な顔が撮れるなんて、それだけ出演者、スタッフの方々全員の信頼関係があってのことなのだと思いました。
子どもなりの愛情があって、つらい想いをしてもお母さんのことが大好きだった子どもたち・・。母親が悪かったという一言で終わらせたくなかったという監督の想いが伝わりました。
お母さんがクリスマスには帰ると言って一日だけ帰ってきたあの日。私は『お母さん、行かないで!』と叫びたかった。
明は悲しいくらい大人びて残酷な事実を一人で背負っていた。あの小さな体で。
子どもたちみんなをぎゅっと抱きしめてあげたくなりました。
この映画はたくさんの人たちに見てもらいたいです。
そしてこのような事件が二度とおきないことを願います。

空は繋がっている
2004年9月11日 sora
空は繋がっている
地上の人間は繋がらない
繋がるためにはどうすればいい?
こんなことばが頭の中を駆け巡る

とにかく良かった
2004年9月10日 あんな
柳楽君がすごかった
久しぶりにこんないぃ映画を見たと思ぅ
見た後は何も言えなかった。
今も何て言っていいかわからないけど
本当によかった!!
誰も知らないに寄せて
2004年9月10日 タカコ
明るいけど暗い、ほほえましいけど残酷、希望であり絶望。この映画はそんな感じでした。
子どもたちの生命の輝きと強さ、そして懸命に生きようとするこどもの存在にさえ気づかない大人たち・社会、全てに対し胸に突き刺さるような痛みを感じました。「生きているのは、おとなだけですか。」この言葉の意味を私はこれからも探していくと思います。

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